スマートフォン市場の競争が激しさを増すなかで、安価ながらデザインと性能に秀でた端末が次々登場し、今や多くの魅力的な選択肢から自分だけのパートナーを手に取ることができる。ブランド力と技術の粋を詰め込んだ高級端末で稼ぐ大手企業にも、より安価で大衆向けなオプションを用意させるよう見えない圧力がかかっている。
グーグル、サムスンを初め多くのメーカーは自社が提供するフラッグシップ端末の魅力を見事にパッケージした廉価版を既に用意している。そして今度はようやく、アップルの番だ。幾度の噂の末に実現したiPhone SEであるが、それは「低価格ながら高性能」をテーマとする初代SEの復活にとどまらず、現在のスマホ市場においてはより深い意味を持つ端末に思われるのである。
なぜ、カメラに注目するのか?
iPhone SE(2020)
今回 iPhone SE(2020)のレビューをするにあたり、僕はそのカメラ性能を主題に据えたいと思う。
その最大の理由は、iPhone SE に搭載されているプロセッサ「A13 Bionic」の実力を測るにはカメラをみるのが最も適しているからだ。
iPhone SE は筐体からカメラ周りの設計まで、そのほとんどを「iPhone 8」からそのまま受け継いでいる。では違いは何かといえば、主たるのがその心臓部であるところのプロセッサ(A11 Bionic → A13 Bionic)なのである。
最新の11シリーズと同じA13 Bionicの類稀なる処理性能がもたらす恩恵によって、新しいiPhone SEはシングルカメラながら写真・ビデオの両面において高い性能を発揮できるようになった、とアップルは主張する。
これを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、昨年グーグルがPixelシリーズの最廉価モデルとして発売した「Pixel 3a」だ。
グーグルの「Pixel 3a」。 PHOTOGRAPH BY KUJO HARU
同機種は4万円台のミッドレンジモデルでありながらハイエンドにも見劣りしないカメラ性能で業界に衝撃を与え、安い端末といえば低スペックが当たり前だった元来の常識を打ち破った象徴的なプロダクトである。
Pixel 3aは上位版の「Pixel 3」が積んでいたプロセッサのスペックを落とすかたちで低価格化を実現した機種であるから、そのコンセプトは一見iPhone SEのそれと真逆に思われる。
ところが、両機種はことカメラにおいて「ハードではなくソフトで、そして4万円でどこまで優れた品質を提供するか」という共通のテーマを持っているのだ。
そこで新しい「iPhone SE」と同価格帯で同じシングルカメラシステムの「Pixel 3a」、そしてSEと同等のカメラ構造を持つ「iPhone 8」、三者の作例を比較することによって「A13 Bionic」の真価を測るとともに、アップルの主張にどれほどの説得力があったのか、それを評価したい。
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iPhone 8(上)、第2世代iPhone SE(左)、そしてPixel 3a(右)。3機種を実際に用意して、作例を比較してみた。
iPhone SEのカメラにA13の真価をみる
PHOTOGRAPH BY KUJO HARU
iPhone 8と新しいiPhone SEは全く同等のカメラシステムを採用しているから、同条件で2つの写真を比較することでプロセッサの変化(A11→A13)が撮影性能にどれほど貢献しているのかをおおよそ推測できる。
また、価格帯の近いグーグルの「Pixel 3a」と作例を比較することで、ソフトウェア性能の強化(Pixel 3a)とSoCの強化(iPhone SE)という異なるアプローチがそれぞれの作風にどのような長所短所をもたらすのか比較することができるだろう。
リア(背面)カメラのスペック表
モデル | iPhone 8 | iPhone SE(2020) | Pixel 3a |
構成 | シングルカメラ | ||
レンズ | 12MP f/1.8 | 12.2MP 28mm(広角) f/1.8 ピクセルサイズ:1.4μm |
|
センサー | 1/3 | 1/2.55 | |
ズーム(写真) | 最大5倍のデジタルズーム | 最大8倍のデジタルズーム | |
写真撮影 | オートフォーカス(AF) 光学式(OIS)手ぶれ補正 HDR |
オートフォーカス(AF) 光学式(OIS)手ぶれ補正 HDR 深度コントロール(ボケ):人物のみ |
オートフォーカス(AF) デュアルピクセル位相差検出 光学式(OIS)・電子式手ぶれ補正 HDR 深度コントロール(ボケ):全対象 ナイトモード |
ビデオ撮影 | 720p30fps、1080p30/60fps 4K 24/30/60fps |
1080p30fps(デフォルト) 2160p30fps(4K)動画 |
作例1:日中、ホワイトバランスの正確さ
いずれの機種も、十分な光量の下であれば優れた露出と色使いの写真を撮ることができる。多くの作例において、Pixel 3aではコントラストがくっきりと現れ、iPhoneは比較的柔らかくフラットに仕上げる傾向が見られたが、このような絵作りの違いはユーザーの好みに左右される問題なので一概に優劣をつけることはできない。
Pixel 3a
iPhone SE(2020)
iPhone 8


iPhone SE(左) と Pixel 3a(右)の比較。写真の中央部と四隅でディテールの正確性が異なることに注目
いずれもホワイトバランスはかなり正確で、ほとんどのシーンにおいて色彩が現物と大きくずれることはなかった。ただし上の作例でもわかる通り、自動設定下ではPixelが寒色系でシックな色使いを、iPhoneがやや暖色系に寄った色味を示す傾向にある。
日中の好条件下で撮影する場合は、iPhone 8とSEの2機種に大きな違いは無いようだ。ディテールの表現については、中心付近はとても正確だが、写真の四隅に目を向けるとノイズや手ブレの影響が如実に出てくる。
いずれの機種も光学式の手ぶれ補正を搭載しているが、ディテール表現の精細さについてはPixel 3aに分がある印象だった。
作例2:影の表現
日陰での撮影や逆光のシーンでの撮影において、iPhone SEは8と比べ影の表現に優れていた。下の作例は木陰から上を見上げるような形で撮影したものだが、8で撮影した写真は木の葉や門の装飾が黒く潰れてしまっているのに対し、SEでは実際の見た目に近い露出を実現している。
Pixel 3a
iPhone SE(2020)
iPhone 8


iPhone SE(左) と iPhone 8(右)の比較
作例3:HDR性能
明暗差が大きいシーンではHDR性能の真価が問われる。ここでも、多くの作例においてiPhone SEが8より優れた露出とダイナミックレンジを示した。iPhone 8では暗い部分に焦点を当てると周囲が過剰に露出され全体が白っぽく写ってしまう例が多々あったが、SEでは同様の条件下でも光量をかなり正確に捉えていたことからHDR性能は大幅に向上したと言って差し支えなさそうだ。

Pixel 3a

iPhone SE(2020)

iPhone 8
かなり厳しい条件下、例えばコントラストの非常に高いシーンにおいては、とりわけ暗部のディテール表現においてiPhone SEが3機種中最も優れていた(ただし色表現が正確でないシーンもあったことは付け加えておく)。「SE」と「8」は共通のカメラシステムを有しているが、ダイナミックレンジと露出においてここまで顕著な差を認めた背景には画像処理の中核を担うプロセッサ(A13 Bionic)の恩恵があるのかもしれない。

Pixel 3a
Pixel 3a(拡大)

iPhone SE(2020)
iPhone SE(拡大)

iPhone 8
iPhone 8(拡大)
作例4:ポートレート・ボケ
ポートレートモードでは被写界深度を測定し、画像処理によって背景のボケを表現することができる。あくまで擬似的に再現したものであるから被写体の輪郭に不自然なボケが生じることもあり、画像処理エンジンの性能が最も問われる分野ともいえる。
iPhone 8はポートレートモードでの撮影に非対応だが、iPhone SEではプロセッサのアップグレードによりこれを可能にしている。ただし対応する被写体は人物のみで、動物や物体に対しては効果がない。対してPixel 3aはあらゆる被写体にポートレートモードを適応することができる。

Pixel 3a(被写体に寄って撮影)
Pixel 3a(やや離れた場所からポートレートモードで撮影)

iPhone SE(被写体に寄って撮影)

iPhone 8(被写体に寄って撮影)
いずれも被写体にかなり近づいて撮影すれば自然なボケを生むが、Pixel 3aはポートレートモードで非常に精度の高いボケ写真を撮ることができる。これはAIによる画像処理システムがもたらす恩恵の一つであって、iPhone SEにないアドバンテージとなる。

Pixel 3a(ポートレートモード)

iPhone SE(2020)

iPhone 8
作例5:夕暮れ、ディテールの精細さ
夕暮れ時から夜間にかけては光量が少なくなり、スマートフォンのカメラにとっては厳しい撮影環境になる。こうした条件下において、「SE」と「8」の性能差は日中と比較してより鮮明に現れた。

Pixel 3a
Pixel 3a(拡大)

iPhone SE(2020)
iPhone SE(拡大)

iPhone 8
iPhone 8(拡大)
上の作例は夕暮れ時、しかも逆光条件で撮影したものであるが、光量不足からノイズが激しくディテールものっぺり潰れてしまったiPhone 8に対し、SEは細部の構造まで正確に表現できていることがわかる。
Pixel 3aはiPhone SEより大型のセンサーを積んでいることから、光量が極端に減る夕方から夜にかけてはノイズの少なさ・テクスチャのきめ細やかさにおいて特に秀でた性能を発揮した。
作例6:夜間の撮影性能
長時間露光とAIによるソフトウェア処理を組み合わせることで夜間でもブレることなく明るい写真を撮れる「ナイトモード」は、3機種のなかで「Pixel 3a」にしかない特権だ。ここにiPhone SE最大の弱点がある。

Pixel 3a(ナイトモード)

iPhone SE(2020)

iPhone 8
これは日中の写真にもいえる傾向だが、iPhone SEの手ブレ補正はiPhone 8のそれとほとんど変わらないし、またPixel 3aのそれほど強くもないのだ。より多くの光を取り込むためにシャッタースピードを遅くすれば、必然的にブレる確率は上がる。
Pixel 3aではこれを機械学習によるソフトウェア処理で見事に抑えているわけだが、iPhone SEには同様の性能を実現できるシステムが用意できなかったのだろうか。
Pixel 3aのプロセッサはPixel 3のそれより性能を抑えた「Snapdragon 670」で、これはお世辞にも高性能とはいえない(スペック的にはA13 Bionicの足元に及ばない)SoCである。
それでも夜間撮影においてこれだけの実力差が出るということは、両機種のアプローチにそれぞれの長所・短所が存在することを示す確たる証拠といえよう。

Pixel 3a(ナイトモード)
Pixel 3a(拡大)

iPhone SE(2020)
iPhone SE(拡大)

iPhone 8
iPhone 8(拡大)
では話題を変えよう。iPhone SEの夜間撮影性能は、iPhone 8のそれに比べどれほど向上したのだろうか。
結論を言えば、確かに改善している。上の作例で比較すると、iPhone SEではビルのロゴやレンガ同士の継ぎ目など細部のテクスチャがしっかり写し出されているのに対し、8ではコントラストが弱く激しい白トビが目につく。
A11 BionicとA13 Bionicで、画像処理の中核に決定的な違いがあることは明白である。共通のカメラシステムではあるが、「夜景を撮るなら絶対SEの方が良い」と思えるくらいには大きな性能差だ。
スマホがここ数年で極度に高額化した要因の一つにカメラシステムの拡大が挙げられるが、単純にレンズを増やすにも限界があるとわかった今、この風潮はいよいよ収束に向かいつつある。
だからこそ「ソフトウェアの進化」はメーカー側にとって新たな希望に映るのかもしれないし、私達消費者からしても(無制限な高価格化に終止符が打たれるという意味で)歓迎されるトピックになりそうである。


iPhone SE(左) と Pixel 3a(右)の比較


iPhone SE(左) と iPhone 8(右)の比較
パワフルなCPUを支えきれない筐体
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1,821 mAhのミニマムなバッテリーは「必要十分」と言えるのか。 PHOTOGRAPH BY KUJO HARU
続いて、ハードについて触れたいと思う。プロセッサを筆頭に内部構造の進化は新しいiPhone SEを語る上で外せない特徴だが、その一方で旧式のiPhone 8と全く同じ筐体を引き継いでいる点も決して忘れてはならない。
第一に気になったのは、バッテリーだ。iPhone SEは、iPhone 8のものと同じ1,821mAhのミニマムなバッテリーを搭載している。これは3,000mAhを優に超える各メーカーのフラッグシップ端末と比べて少ないが、ブラウジング程度のライトな作業であればバッテリー持ちにそこまで不満を感じることはない。
ただしゲームのような重たいアプリを使っていると、一瞬にして電池残量は底をついてしまう。ついさっきまで満タンだったバッテリーを急激に喰らい尽くしてしまう元凶は、おそらくプロセッサである。
A13 Bionicはこれまでアップルが世に送り出してきたプロセッサの中で最も高い処理性能を誇るが、その性能を存分に発揮するのに必要となる多大な消費電力は明確な負の側面となる。
例えばiPhone 11 Proは同じA13 Bionicを採用するが、大型のバッテリーを積むことで最大18時間の動画(オフライン)再生を可能にしている。ところが、iPhone SEにはこのモンスタースペックを受け止めるだけのバッテリーが備わっていない。
ハードについて付け加えるなら、ゲームプレイ時の発熱も気になる点であった(アプリによっては、連続使用で本体温度が40℃前後になることも少なくない)。旧型の筐体はそのままに最高峰のテクノロジーを詰め込んだしわ寄せが、こういったところに現れている。
iPhone SEには競合相手がいない?

iPhone SEは完璧な端末ではないが、それでも売れる理由がある。 PHOTOGRAPH BY KUJO HARU
ここまで見てきたように、先祖ゆずりの筐体にいくつか課題はあるものの、4万円台という価格帯で最高峰のプロセッサを搭載し、一般に「必須とされる」機能を漏れなくおさえた新しいiPhone SEには一定の価値を見出すことができる。
とはいえ結局のところ、この端末に最大の魅力を付するのは「iOS」の存在に他ならないだろう。4万円台のAndroid端末は市場に数えきれないほど出回っているが、4万円台でiOSが動くスマートフォンは(中古を除いて)一台も無かったのである。
ミドルレンジ帯のAndroidスマートフォンといえば、中国メーカーを筆頭に高性能な端末がよりどりみどりの熱戦を繰り広げている。カスタマイズされているとはいえOSに基本的な差異はないから、各メーカーは多眼カメラ、大容量のバッテリー、プロセッサ等なにかしら「突出した」スペックをもって自社の端末を差別化する。
しかしことiPhoneにおいて、その必要性は皆無なのだ。OSが一定の成熟をみた今、iOSを含めアップルが提供するクローズドなエコシステムはユーザーにとって無視できない魅力である。
このOSを積んだミッドレンジ端末は他に存在しない。競合する相手がいない以上、尖った特徴はないけれど皆がスマホに求める最大公約数を詰め込んだ、そんな「必要十分」な端末が売れるのは必然といえる。

PHOTOGRAPH BY KUJO HARU
実際にiPhone SEを一週間使ってみて、これまでの野心的なフラッグシップ端末に感じたような感動はなかったし、何か突出して秀でた性能を実感する機会があった訳でもない。
だがこの端末に対して「これがあったらいいのに」といった歯痒い思いを抱くこともなかったし、そういった点で「盤石な」スマホであるのは確かだろう。
強いて注目すべき点があるとすればそれはプロセッサであり、その性能がシングルカメラシステムの限界を引き上げてくれるという可能性である。2019年の「Pixel 3a」、そして2020年の「iPhone SE」。あくなき多眼化にひとつの区切りがついた今、スマートフォンに新たな潮流が生まれようとしているのかもしれない。