常識を疑い、新たな価値を発見する
現在のバルミューダといえば、「キッチン」と「空気」を軸にしたユニークな白物家電で知られるメーカーだ。「おいしいトーストを毎日食べたい」という社長の欲求から生まれた「BALMUDA The Toaster(バルミューダ ザ・トースター)」は、いまや同社を代表する主力製品の一つである。
そんなバルミューダのモノづくりにおける信念を一つ挙げるとすれば、それは「既存の評価軸やシステムとは異なる、まったく新しい価値を生み出す」ことだろう。「The Toaster」はスチームと繊細な温度調節により最高のパンを焼きあげ、水を入れるという一手間すら楽しみに変えてみせた。もっと遡るなら、「The GreenFan」は少ない電力でエアコンに頼らない涼しさを得るという、時代に先駆けたアイデアで扇風機を再定義したのである。

PHOTOGRAPH BY BALMUDA
こうした製品はいずれも、他のライバル製品に比べて異質で、高価なものだった。それでも確かな地位を得られるのは、従来型の製品にない別ベクトルの価値、アイデアに魅了される人が少なからずいたからに他ならない。思えば、「高級トースター」や「高級扇風機」といった言葉はどれも、バルミューダという企業を鮮烈に表していた。
社長の寺尾玄は、バルミューダの目指す姿を、3人の創業者に見出している。リチャード・ブランソン(ヴァージン・グループ)、イヴォン・シュイナード(パタゴニア)、そしてスティーブ・ジョブズ(アップル)だ(注)。あたりまえとされてきた物事を疑い、そこから新たなアイデアと価値を創造することこそ彼らに共通するスタンスであり、プロジェクトの核心なのである。
注 : 『WIRED』VOL.5(2012年10月号増刊)
コンピュータの再定義
バルミューダが新しいジャンルの製品に手を出すのは珍しいことではないが、11月に発売した「BALMUDA Phone」もまた、その一例である。
白物家電を中心としてきたメーカーが、初めて黒物家電に参入——標題は世間の注目を集めるのに十分なインパクトを持っていたし、実際にそうなった。しかし、やっていること自体は何も変わらない。
発想の原点は、現在のスマートフォンが抱える課題にある。性能がことさら重視されるデジタルデバイスにおいて、価値基準の変化は容易でない。スマートフォンが一般へと普及するにつれて、テクノロジーは成熟し、内外ともに違いを見出すのが難しくなった。
メインストリームと違う選択肢を示してこそ、プロダクトに意味が宿る。彼にとっての理想のコンピュータを具現化したのが「BALMUDA Phone」であれば、筐体の設計からアプリの開発まで、スクラップアンドビルドは必然だったはずだ。
手のひらに収まるサイズ感と丸みを帯びた筐体はほとんどが曲面で構成されており、初期の「iPhone」を彷彿とさせる。そこにはテクノロジーが先行し、ついには無機質な板と化した現在のデジタルデバイスに対する疑問が如実に現れていた。生活を豊かにする道具であったはずのスマートフォンが、いつしか目的に成り代わって、人間の生活そのものを支配してはいないか——BALMUDA Phoneは、そうした風潮に対するアンチテーゼと捉えられる。

PHOTOGRAPH BY KUJO HARU
また一方で、それはスティーブ・ジョブズがかつてやったことの繰り返し、模倣ともとれる。これまでバルミューダが出してきた製品と決定的に違う点があるとすれば、それは「新たな価値」と明確に言えるなにかが存在しないことである。もし同じ製品が20年前に発売されていたとしたら、話は違っただろう。
それでも、デジタルデバイスの再定義は確かに評価されるべきことであって、今こそ向き合わねばならない課題なのだ。コロナ禍によるライフスタイルの変容に伴って、テクノロジーへの依存はより一層深刻になっている。ひいては、そうした現状に疑問を抱くことすら無くなってしまうかもしれない。2021年に登場した”異質な”スマートフォンは、わたしたちに重大な問いを投げかけている。
パラダイムシフトへの挑戦
BALMUDA Phoneの発売に合わせて立ち上げた新ブランド「BALMUDA Technologies」の未来像。きっとそれは、バルミューダがこれまで築いてきたストーリーの延長線上にある。
既存のプロダクトを「作り変える」ことで体験を生み出してきたバルミューダだが、一から新しい道具を作り上げた経験はない。ならば目標は決まっているはずだ。
スティーブ・ジョブズがiPhoneを発明したあの時、あるいはリチャード・ブランソンが宇宙旅行の扉を開いたあの瞬間、決して戻れないパラダイムシフトが起きたのである。バルミューダがなにでそれを成し遂げるのか、楽しみに見守りたい。

青山に登場したバルミューダの旗艦店「BALMUDA The Store Aoyama」。PHOTOGRAPH BY KUJO HARU